「なにわの史跡一日の旅」  白道路町 上原 光   綾部の文化財を守る会のHPへ

 去る十一月十四日、久し振りの快晴の一日「なにわの国史跡見学」に参加させて頂きました。車中、機関誌五十七号の案内を繰り返し拝読、その上に、別冊子の参考資料を下さり聖徳太子と十七條憲法の解説や四天王寺の説明等、興味を持って読ませていただきました。

 今回もこの様な資料を作り準備をして下さった事務局の皆様や関係の皆様に心から感謝している次第です。ありがとうございました。

 さて、先ず始めは聖徳太子御廟所の磯長山 叡福寺でした。境内の建物はすべて時代を経た見事なもので廟の雰囲気に完全に溶け合っている様に感じました。

 中でも重文の多宝塔や聖霊殿は美しい姿でした。しかし、何と云っても母后穴穂部間人皇女と妃膳部大郎女と太子が埋葬されている太子廟でした。まだお若い住職が説明して下さいましたが直線上に重なる様に配置された三段の屋根は印象に残る建物でした。また、弘法大師が築かれたという四九0体の結界石のお話も

心に残りました。機会があればいま一度訪れたい寺院の一つであります。

 車中推古天皇陵を遙拝し、次に近つ飛鳥博物館を見学しました。

 安藤忠雄氏設計の見事なコンクリートの造形と敷石による建物の印象が強く仁徳天皇陵の模型や埴輪の数々など記憶が薄れてしまいました。ただ、昭和五十三年に藤井寺市で出土した「修羅」は何とも見事なものでした。館内急ぎ見学で、大阪の昼食の「づぼらや新世界店」へと移動しました。特においしかったとの印象はありませんでしたが「やっと昼食にありつけた」という感じの時刻となっていました。

 次は聖徳太子が建立されたと云われる四天王寺を見学しました。車中配布して下さった資料など読ませていただき四天王寺について少しだけ勉強させて頂きましたが、四天王寺についてはほとんど知りませんでした。大阪の町中にこの様な荘厳な寺院、境内がある事など不思議な気がします。ましてや幾度も火災や戦火に遭遇しながら、今も不死鳥のように昔の創建当時の姿を伝えているのは驚きであります。資料の四天王寺縁起を読ませていただくと今もその姿を保っていることの意味が分かる気がします。本坊庭園

「極楽浄土の庭」も見学させて頂きましたが「白道」の路もその名の由来に興味をそそられました。

 最後の「大阪市立東洋陶磁美術館」では開設にかかわる説明や展示品の案内をしていただいた後、二班に分かれ館員の引率によって展示品の解説を受けながら見学しました。私には陶芸の事は解りませんが、国宝である「飛青磁花生」の端正な美しい曲線とバランスの良さ、肌色の透明な青磁の美しさに魅せられました。

 もう一つの国宝「油滴天目茶碗」も美しく、いつまでも眺めていたい様に思いました。最後になりましたが、今日一日、運転手さんやガイドさんのお心配りにより安全で楽しい見学会とさせて頂き有り難うございました。

(注)「白道」とは二河と云う地獄の真ん中にあり極楽浄土に至る細い道の事を言い、極楽浄土を目指し善根を尽くした人にはこの「白道」が見え進む事が出来ると仏法は教えています。

 

1号車 聖徳太子廟前