第三十八回春の研修旅行 「世界文化遺産登録京都の国宝三社寺巡り」
 
2号車: 味方町 新宮美恵子さん    綾部の文化財へ

 おだやかな日差しのもと、東寺の広い境内は楠が繁り、若葉を吹き抜ける風が清々しい梅雨に入る前の六月六日、春の文化財研修旅行に参加させて頂き、先ず東寺に到着。何年か前、しまい弘法に来て境内にひしめく露店を巡り、ただ広いことに驚いた記憶があるが、この日は新めて寺域の広大さ、古い伽藍の数々に目を見張った。前以って「守る会」の会報により、役員の方々が事前に下見をし、くわしい資料を作って綿密なる計画が立てられていた由であるが、当日、予定通り順調に進行され、感謝、感服した。
 そこからガイドさんが付いて下さり、東寺の伽藍は南大門から一直線上に金堂・講堂・食堂(じきどう)が配されている事や、この五重塔は京都の象徴で、平安遷都以来千二百余年の間に幾度かの災害に遭っても同じ場所に再建された事など、知らなかったことを次々と教わる。  
この塔をはじめ寺域の建物・仏像は殆どが国宝・重文で貴重な文化財ばかり。見る程聞く程に、先人達が全て手作業で造り上げた想像もつかぬ智慧と技術、努力に只々感心するばかり。特に金堂・講堂に並ぶ尊像群の見事さに心惹かれた。
 十箇所に近い堂塔・山門を見巡り、頭の中の整理がつかぬ程の知識と疲れでぐったりとなったが、あとの昼食、休憩で気をとり戻し、次の上賀茂神社へ向かう。

上賀茂神社の楼門をバックにて2号車

 ここは下鴨神社と両社で「賀茂社」と総称され、以前ご神体は後方の神山(こうやま)であったが、天武天皇の御代に現在の地に社殿が造営された。正式には
賀茂別雷神社(かもわけいかずちじんじゃ)と言う。下鴨神社の御祭神「建角命(たけつぬのみこと)」の娘「玉依日刀iたまよりひめ)」が川遊びをしていると丹塗りの矢が流れつき、床においた所懐妊して「別雷命」が生まれ、上賀茂神社の御祭神になられたと説明を聞く。歴代皇室の信仰が篤く、伊勢神宮に次ぎ神社の筆頭として武家、庶民の参詣も絶えなかった由。
 たまたま六月六日は「梅の日」とて、和歌山県から献上梅の珍しい一行に遭遇したが、平素非公開の国宝・本殿、権殿を神職に説明されていた時と重なり大混雑でした。森影を清らかに流れる「ならの小川」に心を癒し、明神川沿いの社家の佇まいに見入っていた時、俄に空が暗み僅かに夕立が来て雷が鳴り出した。  
 バスガイドさんは咄嗟に「さすが北山しぐれですね。別雷の神にふさわしく雷も鳴って」とのジョークに私達は疲れもほぐれ、バスに駆け込む。
 続いて訪れたにのは下鴨神社の摂社「河合神社」、二つの川の合流点でその名が付き「方丈記」の鴨長明に関わる宮で、社の前にその庵が復元されていた。更に珍しかったのは、左の小さな祠にサッカーのシンボルマークの八咫鴉(やたがらす)が祀られ、フアンのお参りが多いと言う。
 下鴨神社は正式名は「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)でここも世界文化遺産登録である。広大な「礼の森(だだすのもり)」は昼でも暗く巨木が繁り、長い参道を爽やかな風が吹き通る。本殿から大炊殿(おおいどの)、みたらしの池など見学し、両社共に数えきれぬ程の境内社があり、年中参詣者が絶えぬことに実感が湧く。遷都以来千二百年のちも尊い神事が脈々と受け継がれている事に敬畏の念を一層深め、わが国で最も多い文化財が遺り守られている京都の一部をくわしく見学させて頂けた幸せを心から感謝しながら、胸ふくらむ思いで帰路についた。