湖都・大津の文化財を訪ねて   位田町 村上一昭    綾部の文化財を守る会のHPへ

 

 まず、初めに訪れたのが紫式部が源氏物語の構想を練ったところと言われている西国三十三ヶ所十三番であり、「石の秋月」として有名な八光山・石山寺。

 いかめしい仁王像が(にら)みをきかす東大門をくぐると、両脇の塔頭の白壁の間に参道が開け、「大理石のくぐり岩」が興味を誘う。天平時代からあるこの奇岩は胎内くぐりの岩とされ「石山詣」で多くの人がくぐった名残を岸壁のすり減り具合で示されていた。

創建当時よりそびえる老杉に見下ろされながら石段を登ると、目に飛び込んで来たのが、広場の正面、天然記念物の(けい)(かい)(せき)が作る岩塊で、この寺が石山寺と呼ばれる所以も実感できた。

 三万六千坪の広い境内には、源頼朝が建立した国宝の多宝塔や本堂の他、蓮如堂、鐘楼などの建物が建つ。仏像や石山寺一切経など国宝や重文も多い。

 また、石山寺は、平安文学の舞台ともなった「源氏物語」の須磨・明石の巻をここで綴ったことをはじめ、「蜻蛉日記」

「和泉式部日記」「枕草子」「更級日記」にも登場し、女人を引きつける霊場であったに違いない。

 丁度訪れた時に、豊浄殿では「紫式部展」が開催されていて、紫式部への思いと理解が一段と豊かになった心地でした。

 境内には、季節の花が彩り「花の寺」としても名高いので、再び訪れたい感情を残し、寺を後にした。

 次に訪れたのは、眼下に琵琶湖を望める弁慶ゆかりの寺、西国三十三ヶ所十四番長等山・園城寺(三井寺)である。

 仁王門手前の城郭を思わせる()(のう)()みの石垣を過ぎると、三井寺の境内に入る。  

今は静寂の中にある三井寺だが、かっては山門派と同門同士で激しい争いが繰り広げられた歴史の一端を、その石垣は語っているようだ。

見所は、「弁慶の引摺鐘」「三井寺の晩鐘」として知られる霊鐘堂の鐘、国宝の金堂、三重塔、一切経蔵、食堂など重文建築も多い。

札所の観音堂は、大門の左手奥、境内の北部にある。静寂で厳かな寺にあって、庶民的な温かさの漂う一角で、線香の煙が絶えないように感じられ、琵琶湖の眺めに、しばし遠い昔に思いを寄せていた。

三番目は、一九四0年(昭和十五年)に紀元二六00年を記念して創建された神社で、大津都を造営した天智天皇を祀っている近江神宮である。

境内には、祝詞(のりと)殿(でん)、拝殿と棟続きで(ひのき)(しら)()流造(ながれづく)りの本殿、朱塗りの楼門が厳かに立っていた。

時計博物館では、天智天皇が日本で初めて作った漏刻(ろうこく)(水時計)の復元模型や世界最高精度の日時計、世界各地の時計等が展示され時計の歴史やデザインの変遷を肌で感じ有意義であった。

四番目は、八王子山の麓に広がり、山王さんと呼ばれる日吉大社である。

全国にある三、八00以上ある日吉大社の総本宮。二、000年の歴史を持つ古社で、延暦寺の守護神として栄えた。

四0万平方メートルの広大な境内には、東西両本宮を中心に室町時代後期から江戸時代初期に建立された一0八の社が鎮まっています。

桃山期創建の西本宮本殿、東本宮本殿ともに、「日吉造(ひえずくり)」「(しょう)帝造(ていづくり)」とも呼ばれ国宝に指定されている。大宮橋、山王鳥居、下殿等、国宝・重文も多い。

特に印象に残ったのは、四月十二日から十五日の山王祭に使用される神輿の豪華な飾道具で、当時の工芸技術が集められ、見ごたえがあり神宝の美に心を打たれた。

今日一日、四ヶ所を訪れ、歩く距離も多かったが、ボランテイアガイドさんの豊富で楽しい説明に酔いしびれながら、恵まれた天候の中、心身ともにリフレッシュでき、湖都の歴史の豊かさ、風光明媚、多くの文化財に接し充実した有意義なひとときを過ごすことができました。

お世話いただいいた皆様ありがとうございました。