会報:綾部の文化財77号                  HP綾部の文化財

「湖東三山の文化財を訪ねて」 一号車 里町 四方幸則様

国宝・金剛輪寺本堂 1号車 

  湖東三山拝観の旅、西明寺の次は昼食を挟んで金剛輪寺である。

 ここは先の西明寺に比べ約九十年も早く、天平十三年(741)に創建されたという。東大寺の大仏像ができる前からあった寺ということで、建造物に興味がある私は、期待をこめてなだらかな石段の道をゆっくり登って行った。赤い前垂れを付けたお地蔵さんが両側にずらりと並んだ石段を上り、二天門をくぐると大きくて堂々とした桧皮葺の本堂の前に出た。

 こんな山の上にこのような壮大な建物をと、眼をみはるばかりである。内陣に入れて頂き拝礼のあとの和尚のご説明もとても優しい口調で、背後の仏像たちも我々一行を見守ってくれているような不思議な気持ちになった。そのあと堂内を見学して、居並ぶ仏像にそれぞれ手を合わせ、出る前に、(やり)(かんな)で丁寧に表面を仕上げた太い欅の円柱に触れてみた。

 線香や護摩を焚かれた煙に長年いぶされて、その柱は木目が見えないほど黒くすすけていて、一部は手で触れられているのか、そこだけ漆を塗ったようにつるつるに光っていた。(てのひら)で叩いてみると石のような音がした。信長の兵火からも逃れ、多くの仏像、寺宝を守り、長い年月を耐えてきたこの柱には、威厳のようなものすら感じた。

 本堂を出ると北側の一段高いところ、楓の葉枝の向こうに三重の塔が見えた。緑に包まれてその中からすっくと立った姿は端正で、とても美しく見えた。それが緑に囲まれているため、塔の色と楓の緑が配色的に落ち着いてまことに印象的であった。

 秋の紅葉の時にここへお参りしたらどうであっただろうかと考えてみた。ここの紅葉は「血染めの紅葉」と名付けられているようであるが、私はそれは生臭いし、塔の姿に似合わないのではないかと思う。その意味では緑豊かなこの時期に、ここを選定された役員の方々の卓見に感謝したい気持ちであった。もう少しここに居たい気持ちを抑え、坂を下っていった。バスはしばらく走って百済寺に到着。

 拝観はまず「喜見院の庭園」という昭和になってから改築された立体的な回遊庭園からである。書院風の建物が池に映えるところから、次第に上の通路が付いていて、登りながら眺めながら過ごすと、やがて近江平野、その彼方に比叡山が望めるように作ってある。

 足元を見れば背の低いつつじやさつき、眼を上げれば書院の屋根越しに近江平野が遠望できるという現代風の展望庭園であった。しかし、当日は晴れていたのに近江平野がうっすらと見えるだけで湖面は見えなくて残念であった。

 午後の日差しに緑鮮やかな庭園を後にすると本堂への緩い石段の道に出た。百済寺の多くの僧坊は四四0年前に信長の焼き討ちに遭い、その跡が段々畑のように広く残って、そこに生えた木々もほとんど大木になっている。その時代の石組みも崩れることなく、当時のままのようであった。

 段々畑のようになった僧坊の跡地は、良く整備されて植樹もしてあった。しかし、やはりこの一帯は史跡を歩いているような感じであった。本堂は消失から八0年を経て再建されたそうで、そう大きくないが重要文化財に指定されている。

 内部も同じ天台宗寺院の様式なのに、金剛輪寺より簡素な感じがして親しみやすい気がした。これは多分ここだけ内部の撮影が黙認されていたせいかもしれない。

 時はもう帰る時刻。この地にもう一度、緑の頃に仏像拝観に訪れたいと思いながら、帰りのバスに乗り込んだ。今回は私にとって四年ぶりの旅であったが、いい企画に久々参加できた喜びは大きく、なにかしらとても
有難く感じられた一日であった。