「上林谷の文化財を訪ねて」参加者募集のご案内    HP:綾部の文化財

本企画は出来るだけ多くの綾部市民の方に綾部の指定文化財等を見て、いかに多くの文化財があるかを知ってもらいたく計画しました。本企画の計画は、上林出身の当会の理事・石原俊治氏と綾部史談会副会長(当会幹事)の川端二二三郎先生の全面的なるご協力・ご賛同を得て実現するものです。
 戦国時代には織田信長の命による武将明智光秀の丹波攻めで有名ですが、口丹波と若狭に前進基地を設け、元亀三年(1572)には「元亀の侵入」といわれる様に高田豊後守が若狭方面より侵入し、上林には南北朝時代から土豪の上林氏がいましたが、上林城(今の上林山荘の上の小山)のみならず、拠点としていた君尾山光明寺国宝の二王門以外は焼き討ちされました。他にも多くの寺院が焼失しましたが、信徒の人々がご本尊を持ち出し埋没して置き、のち掘り出したが、新しく寺院を建立できなく、今では多くのものが公会堂や小さなお堂にお祀りされております。
尚、川端二三三郎先生には全行程にわたり同行・ご案内頂ける予定です。
見学箇所のご案内
1.玉泉寺の市指定文化財・木造大日如来像
木造大日如来像

 綾部市上林地区の武吉町には鎌倉時代作の像高90.8センチメートルで昭和63年4月1日綾部市指定文化財となった「大日如来坐像」がある。檀家の四方民子先生に説明して頂く予定ですが、上半身は平安時代末期の様相をし、襞の彫りに形式化が出ています。
 この大日如来はもと武吉町の深山にあった薬師寺に祀られていましたが、天正のころ明知光秀福知山城を築くとき寺の建物を壊し運んだため、村人が諸仏を移し庵に祀ったと「丹波志」に記されております。叉、近年まで武吉町の有志により大日講によって祀られてきました。彫る彫眼、寄木造りで、上半身は平安時代の様相であるが、膝が扁平であり、襞の彫りの形式化などが見られ、おそらく鎌倉時代から南北朝のものと云われています。
 この寺には有名な「紙本淡彩墨画白衣観音図」一幅あり、白衣観音は「菩薩の心は白処に住す」と云う意味があり、室町時代に京都の東福寺に住した有名な画僧・明兆の弟子・霊彩の描いたものですが、保存上の問題で、京都国立博物館に寄託されています。
 もしパソコンをお持ちでしたら当会のホームページの玉泉寺で見て下さい
2.河牟奈備神社の境内社 阿上社の下の石碑(市指定文化財)
阿上社の下の石碑

 何鹿郡(綾部市)の12式内社の一つ、河牟奈備神社本殿右側に境内社の阿上社があり、永久二年(1114)の銘をもつ自然石の石碑をご神体としています。この石碑は平安時代末期のもので綾部市内最古の金石文です。
阿上社(梵字)妙法蓮華経安置所
永久二年八月十四日僧院暹記之
綾部市の指定文化財となったのは昭和50年9月11日で、刻銘は神仏習合を如実に示す好資料であり、石碑については,経塚の標識とする説や江戸時代に再造立されたという説もある。
3.上林禅寺(臨済宗南禅寺派)  法眼・吉田元陳の襖絵(34面)
吉田元陳の竹林の七賢人

 昭和62年4月1日に市指定文化財となったもので詳しくは、本文4ページ〜8ページをご参照願います。
4.清水の鋳物師・タタラ跡
 五津合町の清水には、もと鋳物師のタタラ跡が有ります。判りにくいですが、折角の好機ですので現地を案内して頂きます。
5.円林山・五泉寺の腹蔵聖観世音菩薩(胎内佛) 綾部西国観音霊場第三十二番
腹蔵聖観世音菩薩
 五泉寺は開創された当時は真言宗の寺院でしたが、江戸時代の元和元年(1615)に臨済宗南禅寺より禅師を請じ少林庵として中興され、のち新たに創建された円明庵の二坊が昭和26年に壇中の総意で合寺し、現在の円林山五泉寺となりました。しかし現在は無住で寺には火災除けの「韋駄天様」が祀ってあるのみです。
 綾部西国観音霊場で唯一の胎内佛を持つのが、写真正面の腹蔵聖観世音菩薩様で、その右手の台座の中におわすのが「胎内佛」です。
 現在は市指定文化財ではありませんが、盗難を避ける為に地元の公会堂で、寺総代様達が十分管理し、お祀りされております。
6.室尾谷神社の木造随身坐像(二躯) 写真:
室尾神社と第三の大鳥居
 五津合町寺内109には室尾谷神社がある。第一の大鳥居から右の写真の第三の鳥居がある壮大な神社です。
 この神社の木造随身坐像(神を守護する)二躯は作者・林皎圓宗の墨書から室町時代の応永三十二年(1425)の作で、像高阿形38.6、吽形38.5センチメートルで昭和60年4月1日市指定・昭和61年4月15日府登録文化財に指定されました。
随身は袍を着け巾子冠を頂いています。膝以下が彫り直しているので当初の姿はわからないものの、両足を垂らしていた可能性が高い。後で見る坂尾呂神社の随身二躯は足を垂らしていいます。
7.下庄講中の木造観世音菩薩立像・勢至菩薩立像・木造阿弥陀如来坐像・二天像(五躯)
観音・勢姿 菩薩立像
 睦寄町下庄の最寄で「阿弥陀講」を作り、小さなお堂に祀っている木造阿弥陀如来坐像(像高58.1センチメートル)、観音菩薩立像(像高150.3センチメートル)、勢至菩薩立像(像高140.7センチメートル)、二天立像(140.5と140.7センチメートル)の五躯は平安時代のもので昭和49年3月2日に市指定文化財に指定されている。
8.坂尾呂神社の木造随身倚像二躯 (倚像とは床几に腰かけている様)
坂尾呂神社と第三の石の鳥居
 睦寄町鳥垣25番地にあるこの神社も一の鳥居から右の第三の鳥居をもつ壮大な神社です。
この二躯の木造随身(像高阿形70.0、吽形七72.0センチメートル)は、林皎圓宗の墨書から室町時代の康正三年(1457)作で平成元年4月1日に市指定文化財に指定されている。
 両像は巾子を頂いて、袍を着けて床几に腰をかけ、両足を踏み下げています。
9.上林城跡および藤懸陣屋跡
上林城跡・右の建物が上林山荘

 元亀三年(1572)には「元亀の侵入」といわれる様に高田豊後守が若狭方面より侵入し、上林には南北朝時代から土豪の上林氏の居城でしたが、上林城は焼き討ちに合い、慶長六年(1601)から藤懸永勝(六千石)が近くに陣屋を置き明治の廃藩置県まで、上林地域を中心に何鹿郡内の二十二ヶ村を支配してきました。
上林谷の文化財を訪ねて」 参加申し込みのご案内
 この研修旅行は綾部、特に上林地区の文化財を見学したいとの要望から実施することとなり、地道を通るなどの条件から二十人乗りマイクロバス二台で実施致します。
1.期日:平成20年10月10日(金) 集合(合流)場所:JR綾部駅北口
2.見学箇所(九ヶ所、但し、雨天等により上林城跡の見学を中止する事もあります。)
3.見学箇所 1.玉泉寺、2.河牟奈備神社、3.上林禅寺、4.清水の鋳物師・タタラ跡、5.五泉寺の腹蔵聖観世音菩薩、6.室尾谷神社の木造随身、7.下庄講中の木造阿弥陀如来坐像他、8.坂尾呂神社の木造随身倚像、9.上林城跡
4.参加費及び募集人員:お一人5千円のみ。定員40名のみ。(マイクロバス代、団体としての入山料、お供え、寸志、昼食弁当・お茶代込み
5.尚、記念写真等は一切しませんので、必要な方はカメラ等をご持参願いします。
6.申込方法:9月25日(木)必着にて、参加者全員の〒番号、住所、氏名、電話番号、乗車地を記入し、葉書にて申し込み下さい。 電話での申し込みはお断りします。
7.申込先:〒番号623−10004 綾部市多田町後路28 四方續夫宛
行程表
1号車:綾部白道路バス停=物部たきたてバス停=新庄バス停=JR綾部駅北口
 07:10 07:15 07:20 07:45
2号車:高津バス停==大島バス停==綾部高校バス停====JR綾部駅北口
 07:10 07:20 07:25 07:45
=綾部大橋バス停=山家バス停=十倉名畑交差点=@玉泉寺==A河牟奈備神社
 7:50 8時 8:15 8:25〜9時 9:20〜
==B上林禅寺==C鋳物師(清水のタタラ跡)==D五泉町の公会堂===
10時10時20〜10:5011時10〜3011時40〜昼弁当12時30
=E=室尾谷神社======F下庄講中===G坂尾呂神社===H上林城跡==
12時40〜1時10 1時40〜2時102時20〜50 3時20〜4時
==十倉名畑交差点=山家バス停===綾部大橋バス停=JR綾部駅北口
 4時35分頃 4時40分頃 4時45分頃
1号車===新庄バス停==物部たきたてバス停==白道路バス停
 5時5分頃 5時10分頃 5時15分頃
2号車===綾部高校バス停====大島バス停====高津バス停
 4時55分頃 5時頃 5時10分頃