右、国重文の大徳寺山門(金毛閣)

 

第十五回秋の文化財・史跡学習会「臨済宗大徳寺派大本山大徳寺とその塔頭寺院と御室御所仁和寺を訪ねて」

臨済宗大徳寺派大本山・大徳寺とその塔頭寺院を訪ねて

一号車 副会長 西坂町 泉美千代

 
 国重文の大徳寺山門(金毛閣)

 天候にも恵まれ七十三名で大徳寺とその塔頭寺院と御室御所を訪ねて、古都・京都へと出発致しました。

 午前中は、大徳寺とその塔頭寺院を見学、大徳寺は大燈国師(だいとうこくし)宗峰妙超(しゆうほうみょうちょう)によって正和四年(一三一五)に紫野に大徳庵が建立されたのが始まりです。その後応仁の乱で全焼した後、堺の大商人の援助を受けて一休宗純によって復興され、また茶人村田珠光が一休に参禅したことで茶道との結びつき、千利休による茶の湯の完成を見、茶道と大徳寺は深いつながりをもっています。大徳寺は、勅使門、仏殿、法堂、朱色の鮮やかな山門(金毛閣)等が国の重要文化財ですが、その山門は千利休が上層を完成させ諸仏とともにわらじ履きの利休の木像を自ら安置し秀吉の怒りを買って自刃の因をなしたとされています。

 また大徳寺に帰依した大名達によって

建立された塔頭寺院も二十一を数えますが、常時拝観できるのは龍源院、大仙院、高桐院、瑞峰院のみで、その中から大仙院と高桐院を見学しました。

 大仙院は、国の特別名勝に指定されている枯山水の庭園、山河の景観を玉砂利と石で表されており、本堂は室町塔頭建築の基本を残す創建当時のもので国宝,方丈も国宝であり、ここでは副住職さんが楽しく寺院の中をご説明頂き、法話もして頂きました。

 なお、大仙院は沢庵和尚が七代目住職を務めたところであり、襖絵も相阿弥・狩野元信らの名作、玄関の敷石も石工の技を見た思いが致しました。

 売店では「壇越歌」の色紙をお求めになった方もあろうかと思いますが、大変良い言葉がかかれており、常にこうありたいものだと反省もし、今後の道しるべとすべきかな、とも思いました。

 次に高桐院を見学。高桐院は細川三斎(忠興)が父幽斎の菩提所として創建。

 三斎は利休七哲の一人で、利休風の茶室「松向軒」や利休の屋敷を移築されたという「意北軒」等があり、境内の西側は風情あふれる紅葉の名所でもあります。客殿の西には利休より寄贈された石灯籠が忠興とその夫人ガラシャの墓石となり二人はその下に眠っております。又、

出雲の阿国の墓もあります。大仙院・高桐院を見学した後、金鶴で昼食をし、仁和寺へと向いました。

 この秋の学習会で晩秋の一日を皆さんと共に研修を深め楽しい一時を過ごすことができ、又皆さん元気でお帰り頂けたことが何よりとうれしく思っています。

 年二回の研修旅行、回を重ねるごとに古の歴史に触れ新しい知識を身に付けることが出来るのではと、そんな思いが致します。

 春の研修旅行には皆様のご参加をお待ちしております。