会報3号 昭和47年            あやべの文化財    綾部の文化財を守る会のHPへ
 文化財調査に随行して 綾部市文化財審議委員  井上 益一 氏

 7月7・8日の両日、京都府教育庁文化財保護課佐々木丞平先生にお世話になり、綾部市内のかくれた文化財調査をお願いした。以下調査していたゞいた順に、その状況を簡単に報告したいと思う。
1、□□□寺 綾部市
 薬師如来像 像高55センチメートル
彫り深く極めてエネルギッシュな彫法である。螺髪の荒い彫り出し、厚い胸部の表現、膝前の大づくり等平安初期の特徴をよく備えている。像全体のいたみ、ことに後世の補修部分が甚だしい。補修部分を取除けば平安初期像の可能性をあらわし貴重な作品といえる。
 日光、月光菩薩 像高152.5センチ
後世、今の薬師如来の脇仏としたものと思われる、ふっくらとした豊な顔だち、まろやかな胸部の表現、やゝ浅いなだらかなえり元の彫りなど典型的な平安後期の特色をそなえている。両手両足は後補である。
 毘沙門天形仏像二躯
金剛力士像にみたててまつったものと思われる。天平彫刻の復古的な気分をあらわすが、部分的にやゝ稚拙な地方的特色がみられ、鎌倉後期の作品と思う。
2、玉泉寺 綾部市武吉町
 大日如来座像 像高91センチ
もと同町薬師寺 (廃寺) の仏像であったというが、明治初年排払棄釈の厄にあう寸前、信仰あつい地元の人々によって他の場所にまつられ後玉泉寺の客仏となったものである。
 彫眼で上半身は平安末期の様そうをもつかなりすぐれたつくりであるが、下半身特に膝のつくりが扁平でひだの彫りの形式化等地方仏師の作にみる一般的な特徴がある。南北朝或は鎌倉後期にのぼり得るものと思われる典型的な地方仏といえる。
3、施福寺 綾部市上杉町
 地蔵菩薩座像 像高八一センチ
彫眼のきわめて端正な相好の仏像である。け裟や着衣の衣文の表現ととのい、よく洗練された彫刻である。くちぴるの渋味をたたえた厚味の表現などは鎌倉もかなり早期にのぽる作品と思われる。右手首の先が破損している。
 金剛力土像 二姫 像高二一〇センチ
二躯とも相好前面部並びに両腕欠失、破損演甚だしいが、堂々とした金剛力土像である。胸部の筋肉のもり上りの表現などに力強さをみるが一部衣文の表現のもたつき、脚部筋肉表現のまずさ等から鎌倉末期或は南北朝初期の作品と堆定される。
4、正暦寺 綾部市寺町
 不動明王立像 像高11センチ
寺伝では鎌倉時代の作とあるが、年代にかなりの疑問がある。厨子も同様と思う。
5、梅迫薬師堂 綾部市梅迫町薬師平
 薬師如来像 像高55.5センチ
彫眼であり、螺髪も彫り出している。相好の豊満な感じ胸の肉どりの畳さ衣文の彫りの翻波式を用いる点など平安初期的な様式を残す。しかしそれらが極めて形式化していて、鎌倉末から室町期に平安初期の古仏を摸刻した地方的作品と思われる。尚、像内に寛延元年 (1748)の修理書がある。
6.岩王寺地蔵堂 綾部市七百石町
 地蔵菩薩立像 像高156.5センチ
両肩のはり、胸部の厚い肉どり等、堂々とした立像であるが、もすそや衣の袖のひだの彫り等いささか繁雑なのが難である。鎌倉末期の作と思うが後世補修してある点はまずい。
7、極楽寺 綾部市白道路町
 釈迦如来立像 像高95センチ
衣文の彫りは浅いが通肩の着衣のひだによく洗練された彫りをうかゞい、清涼寺式釈迦如来像の様式をもった仏象である。相好部及び両手金泥は後世のものと思われるが、全体にしまりのある端正なつくりから鎌倉盛期のものと思われる。右手及び右袖破損している。
8、□□□寺 綾部市
 宝きょう印塔 二基 高さ1メートル余
伝承も記録もないようであるが、周囲に堀をめぐらし、極めて聖浄な地域としている。隅飾の立ちぐあい、格狭間の様子などにより室町から南北朝にのぽるかと思われる。やや古いと思われる方の一基は基礎がこわれている。相当身分ある人の供養塔であろう。
9、総 括
 およそ想像もつかないような場所に洗練された都風をもった仏像を発見することができたし、地方独得な作風の、典型的な作品も発見されて貴重な資料となった。未発掘の貴重な作品がまだまだ数多くうずもれているものと思われる。こうした文化財調査を期に次の二点を考えていく必要がある。
1、各市町村教育委員会は連絡を密にしうずもれた文化財の発掘調査を積極的に行ない、作品の整理、所在場所の確認をしておく必要がある。
2、かなりすぐれた作品にもかゝわらず保管場所としての条件を欠き、保存状況極めて悪く破揖剥落甚しいものが少くない。その上無住の寺堂に安置、常住であっても本堂庫裏からはなれている場合等、管理上極めて危険なものが多かった。いずれにしても市の適当な指導協力を望むとともに府としても連絡を密にし出来るだけ早く未指定文化財の積極的な保存対策を考えて行く必要がある。
 以上佐々木先生の調査報告の概要をのべた。
 仏像俊は礼拝の対象であるとともに、彫像である以上他の彫塑とともに美学の研究対象であり、美術史による位置づけが要求される。
 何がどうしてこゝにまつられ、どのようにして今日に至ったかを考える時に礼拝の対象は出来るならばその安置された場所で一層完全に保管され周囲のあつい信仰によってまもられて行くよう望みたいものであるが、それが極めて不安な状態にある今日である。
 せっかく貴重な文化財が失われたり破損してはならない。佐々木先生のお言葉の通り早急に措置し万全を期さねばならないと思う。今回は文化財を守る会の方々のもり上る御熱意を承り喜びにたえない次第である。当局の御尽力も大いに期待しその実のあがる日の早いことを念願してやまないものである。
(綾部市文化財審議委員)