会報第18号 昭和58年11月20日                 綾部の文化財を守る会のHPへ
文化財保護への道  故木下 礼次先生
 第二次大戦後文化財への国民の関心は非常に高まって参りました。戦争戦後という大きな変動の中で歴史観はかわり、空襲、疎開といった戦争の惨害は、城郭などの貴重な建造物の多くを失ない、史跡の破壊をみ、歴史に対する関心を全く失なわせるのではないかと思われる時期がたしかにありました。
 ところが昭和22年の登呂の発堀、平出遺跡、昭和25年の岩宿遺跡の確認は、従来と異なり多数の一般大衆の興味と参加の中でその成果が新聞で全国に伝えられ、全国民が驚異の目をもって、古代の史蹟をみる契機となりました。
 昭和24年の法隆寺の金堂の壁画の焼失、つづいて松山城の焼失は、国民に大きな衝撃を与え、もりあがる世論のなかで従来の国宝保存法や史蹟名勝天然記念物法に代って、昭和25年5月に文化財保護法が公布されました。文化財保護法は参議院で議員立法の形で提案されましたが、山本有三氏などのはたらきは非常なものであったことを覚えております。特に文化財の海外流出について憂慮され配慮があったことを勉強しました。
 文化財という新しい用語をもった保護法の公布は、文化財保護にとって大きな前進であります。特に保護の対象として、従来の「有形文化財」(国宝)「名勝」に加えて『無形文化財』「民俗資料」が新たに合まれるようになったことは文化財に対する国民の理念に大きな変化を与えることとなりました。
 一方国の指定だけでなく都道府県、市町村でも指定を行うようになりました。こうしたなかで多数の人々が文化財に関与することになったといわなければなりません。しかし私達の周囲丹波丹後をふりかえってみますと、文化財保護に熱心であった人々は、ごく一部の熱烈な行動的な方であったと思います。
 これらの人々の熱心なよびかけが、いま文化財保護連絡協議会などを生みだし、それぞれの市町村では、資料館の誘致や建設をみております。これらの人々は文化財保護の先覚者といいうるでしよう。
 綾部で先住君尾山の楳林静雲師が仁王門の再建に行脚をつづけられた業績は忘れてはなりません。
 各地の遺跡の発掘、そして国民の参加、新しい歴史事実の解明など国民全体の歴史への関心をたかめ、所謂歴史ブームという言葉がはやり、多くの歴史書の刊行をみました。また戦後の科学の進歩、炭素の放射能による年代測定法、赤外線写真。X線による鑑定は文化財保護に大きな役割を果しましたし、今日でも大きな威力を発揮しております。
 しかし一方住宅の建設、道路の新設、農地の開発などの開発と国土変更の激しい展開は、埋蔵文化財のみならず、多くの文化財が消滅の危機にさらされていったという事実があります。また文化財は国民共有の財産であるといっても、未理解という事実をはじめとする障害は、我々が必ず対応しなけれぱならない障害であります。
 私達文化財保護を志とするものは見逃してならない問題であります。
 文化財は国民共有の財産であるという観念が定着しつつあるなかで、国民、市民の財産であるという啓蒙を一層進めなければなりません。さらに保存すべき文化財とは何か、保存するためにどんな方法があるのか、法的な手続きに必要なことは何か、ということを多くの人々に明らかにしなければなりません。

地蔵菩薩半跏像(安国寺)

 御承知のごとく、さる6月文化財を守る会の史蹟めぐりで亀岡へ行きましたがそこで亀岡きっての仏像が盗難にあい、それを契機として多くの寺社で収蔵庫を建設したということを知りました。宝林寺の片隅の御堂にあった仏様や層塔が立派な収蔵庫庭園に安置され、禍を転じて福としたことを学びました。
 昭和40年の農業構造改善事業は多くの古墳が破壊の危機にさらされましたが、永年の懸案であった「文化財保護条例」の制定をみ、発掘と調査が定着していったことは御承知のことであります。また山家の仁王像の海外流出の危機にたちあがった市民運動を、京都国立博物館の仁王像の前の説明で、文化財保護への貢献と記録されております。
 禍を転じて福となすため障害を克服する信念と手段をもっていなければなりません。私は未熟ながら、文化財保護推進三十余年の経験のなかで、「必ず辛抱強く説明し、機会を設けることによって理解者となり、保護の推進者となる」という信念をもっております。事実、文化財保護啓蒙に加わっていただいた人々は、必ずよき理解者であり推進者であります。
 また単なる文化財に対する興味や知識の豊富さだけでは、文化財保護は不可能です。少なくとも広く文化財保護に関係しているものは、文化財保護法や京都府の条例、綾部市の条例の大要は承知していなければならないと思います。不承知は論外というべきであります。
 先に手段ということを申しましたが、文化財保護制度の変遷、特に国宝保存法、史蹟名勝天然記念物保存法から文化財保護法への経過や、文化財保護法とともに「旧美二関スル法律」銃刀取締に関する法律、遺失物法、都市計画法、税法など関係法規を承知しておかなければならないと思います。
 文化財保護法の内容として、指定と解除、諮問機関の機能、地方公共団体の義務、国民、所有者の義務は十分理解している必要があります。加えて文化財保護の問題として矛盾する現実の問題について、鋭敏なる認識が必要だと思います。
 「この法律は文化財を保存し、且つその活用を図り、もって国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献することを目的とする」(文化財保護法第一条)といった基本精神を生かすため、綾部の貴重な文化的な財産を生かすため、われわれは謙虚に学習することが大切でないでしようか。
 幼い日、何鹿郡教育会の手で建られていた高倉神社の駒札、聖、あやめ塚の駒札の印象はいまでも鮮烈であります。
 以上文化財保護への道についての私見を若干述べ法律、条例、規則等についての説明は後の機会にゆずらせていただきます。