会報第10号 昭和50年6月10日   胡麻峠・三国岳(616.42m)        綾部の文化財を守る会のHPへ 
甘酒講について 酒井 聖義氏
私達の地区には甘酒講と呼ばれる氏神さまのお講があります。

府道487(未通)舞鶴に抜ける胡麻峠の地蔵

 時代は詳かではないが、現在の老富町大唐内大くも谷に大きな蜘蛛が棲み、田畑はもちろん住民にまで危害を加え、住民は安住の危機に直面した。

其の頃、現在の睦寄町有安藤元善右衛門なる弓の名人あり。大唐内の住民は善右衛門に此の苦境をうったえ救いを請う。義侠の雄善右衛門は求めに応じて大くもと対決し、其の神技によって見事に悪霊大くも退治したと語り伝えられています。

 大唐内住民は此の善右衛門の大恩に感じ、霊を祭神として一社を建立したのが現在の聖大明神であります。
 又大くもの後難をおそれて、其の霊を弔うため建てたとの説もありますが、どちらか詳かではありません。
 そこで甘酒講なる由来ですが、善右衛門なる人物、甘酒が大好物であったとのことで、毎年秋の祭礼(10月1日)には甘酒を造り神に捧げ、善右衛門の子孫の藤元真一郎氏をはじめ、分家の六家を招き甘酒講を行う習慣になっています。

聖神社 聖神社の本殿内のお宮さん

 お講は講宿で行います。請宿とはお講を行う家のことで、講宿は各戸一代に一回は持つしきたりになっています。昔は長男に嫁を貰うか、娘に婿を貰うかすると宿を持っていたのですが、現在では戸数も少くなった関係上、だんだん若い年令(20才前後)で宿を持っています。
 講宿を持つと、1年間精進をして祭礼の日を待ちます。講宿では、祭りの前日に親戚を集め祭りの準備をします。
 準備で一番大切なのが甘酒造りです。杜氏を決めて、杜氏一夜の内甘酒を仕上げる重大な責任があります。独特な製法で甘酒の甘さは蜂蜜のようで近郷にしられています。
 祭礼には神棚に聖大明神掛軸をまつり、甘酒ゆで豆はたきごく(白米を水につけた物を摺りつぶした物)等を供えます。
 講宿では祭りの当日午前11時頃、長男を先頭に親戚一同氏神へ参ります。持って参る物は長男に嫁のある場合は、竹で編んだ大きな傘のような物(氏神の倉にある)に嫁の帯と一升升に茶の葉を一杯入れたのを吊るしそれを持ち、他の者は、御幣甘酒ゆで豆はたきごく等を持って参ります。
 藤元家及び一般区民は正午に氏神に参拝して、講宿に集りお講を行います。お講で大切な行事は戸渡の儀を行うことです。先達(1年交代で神事の世話をする役)より、来年度の講宿について村人に計ります。慣例として年令順に決まります。
 来年度の講宿が決定しますと戸渡しの儀が執り行なわれます。戸渡しの儀とは、今年度の講宿の当主と来年度の当主が下座に並んで座し、お膳は一つで、膳の上には生鯖甘酒があります。其の甘酒を今年の講宿の当主が戴き、同じ器の甘酒を来年の講宿の当主が戴きます。そうして今年の講宿の当主より一年無事にてお講が出来、戸渡しの儀が出来たことをつげ、来年の講宿の当主より来年一年間無事にて講宿の出来ることを折り、これで戸渡しの儀が終ります。戸渡しの儀が終りますと一同座をくずしてご馳走になります。
 いつの代から続いたか詳かでないが、昭和の今日まで連綿として引継がれた此の行事、今後も続くことと思いますが、お講をする長男の年令がだんだん若くなり、昔のように嫁の帯を担いで参る光景が見られないのは淋しいかぎりです。