特別企画「上林谷の文化財を訪ねて」10月10日(金)実施に参加して!
 
二号車幹事 若松町 小田桂子 様

 
 玉泉寺で説明を聞く参加者達

さわやかな秋晴れの日と言うより、暑い夏の日が帰って来たような日となりました。初めはマイクロバス2台と聞いていたのですが、多数の申し込みがあり、ジャンボーハイヤーの追加となり、全員で51名の今日の「上林谷の文化財を訪ねて」の旅です。綾部駅を7時35分の出発、目指すは一路上林谷へ・・・

 行く先々には、コスモスの花が咲き、柿の実が鈴なりに成り、私達の目を楽しませてくれました。私は綾部に生まれ育ちながら、この町にこれだけ多くの文化財あるのも知らぬままに、今日の見学となりました。最初の見学場所となる「臨済宗南禅寺派・梅林山 玉泉寺」に着き檀家の婦人部の方々にお茶の接待を受け、乾いた喉を潤わせていただきました。

 最初に寺総代様が、この時期には、落葉が多くて大変との話しから始まり、檀家の四方民子先生から玉泉寺の由来について聞かせていただく事になりました。

 慶長六年(1601)に寺号「玉詮庵」を称し、明治17年に「玉泉寺」に変わっていった事。尚、前年の慶長五年(1600)には天下分け目の関ヶ原の合戦がありました。

 このお寺の文化財は室町時代の東福寺の有名な公的仏画師・明兆(みんちょう)の弟子霊彩(れいさい)の関西唯一の「紙本淡彩墨絵白衣観音図」があります。

 白衣観音は「菩薩の心は白処に住す」という意味から名づけられたそうです。

 この絵は保存の問題で京都国立博物館に寄託されています。ここにあるのは実物大の写真です。そのほかに、霊彩の作品は涅槃図(山梨県、大蔵寺蔵、国重文)、文殊菩薩図(東京国立博物館蔵、国重文)、寒山図(五島美術館蔵、国重文)、三酸図(東京梅沢美術館蔵)などがあります。

 そんな一つが上林谷にあるとは驚きです。

境内のお堂に祀られている「木造大日如来坐像」は綾部市指定文化財です。もと武吉町の深山にあった薬師寺に祀られていましたが、明知光秀が福知山城を築く時に、お寺の建物を壊し運んだため、村人が諸仏を移し、庵に祀ったとの事です。今でもその時に建てられた庵が残っているそうです。今の玉泉寺にお参りできるのも、村の人のご苦労と、その時の住職の計らいとの事です。

そのかいがあって、今も昔も、変わらぬままのやさしいお顔で私達を見守って下さいます。

今日は特別に檀家の四方民子先生に玉泉寺とその文化財等の、心極まる説明をいただき、感動させていただきました。ありがとうございました。玉泉寺に心残して・・・・次ぎの見学場所にと・・・