綾部の文化財シリーズ(第十二回あやべ西国観音霊場第十九番札所東谷山極楽寺(ごくらくじ)臨済宗東福寺派)

 
 
 薬師如来坐像
1.所在地
 
 ご本尊の薬師如来像

 京都府綾部市()(そう)()(ちょう)倉田

 第19番札所・如意輪観世音菩薩

 ご本尊 薬師如来坐像

  ご詠歌  おしなべて みなゆくさきは 極楽寺 大悲のちかい たのむみなれば

 1.極楽寺の沿革と市指定文化財「平安時代の阿弥陀如来」と江戸幕末を生き抜いた嵯峨天龍寺の管長由利滴水禅師
 
 第19番札所・如意輪観世音菩薩

 
 天龍寺中興滴水禅師御和讃

古代ではハサウチと呼ばれていた()(そう)路町(じちょう)の広がりの高みに位置するのが東谷山極楽寺です。開創年月は不詳であるが、全国筆頭の綾部安国寺十五世朗室妙?和尚の開山である。二世桂岩令昌和尚は堂宇を再建し寺門の興隆をはかり当山を中興した。その後堂宇の改築があったが明治二十一年の火災により鳥有に帰し、再建されたのが現在の寺院である。

     
 滴水禅師生誕地の碑   滴水禅師顕彰碑  極楽寺所蔵の滴水禅師の関係を示す衝立
 この極楽寺の石の参道を中腹まで上がり右手に入ると白道路町生まれの由利滴水禅師の「曹源一滴、蓋地蓋天」の顕彰碑と「天龍寺中興滴水禅師御和讃」の掲示板がある
 またこの寺にはもと白道路にあった西方寺(室尾谷山観音寺末)の本尊であったと伝えられ、昭和49年3月27日に綾部市指定文化財となった「木造阿弥陀如来立像」がある。

 衣文の彫りは浅く、(つう)(けん)の着衣の(ひだ)はよく洗練されている。いわゆる清涼寺式釈迦像の形式がとられていることと、印相を示す両手が後補であるため、阿弥陀如来とするにはやや疑問が残っている。しかし頭部の形式や和様( 平安時代以前の様式)の面部などから見て、珍しい偉容の阿弥陀如来像であるといえよう。像は寄木造、(ちょう)(がん)(木彫りの像に直接彫った眼)両肩から別材で正中()ぎになっており、背板も二枚に分かれている、衣文の形式化があり、側面が扁平であることや相貌の硬さより時代は平安時代より少し下がるとする見方もある。

 昭和49年3月27日 綾部市指定文化財となった
木造阿弥陀如来立像(平安時代末期)94.7cm
 1.二千年の時をよみがえった日本の古来種の大賀(おおがが)ハスと極楽寺
   
 ハス田に咲いた数多くの大賀ハスが見事

この蓮は昔日本各地に生えていたものが、二千年ぶりで蘇った古代蓮である。

千葉市検見川で昭和二十六年三月三十日に、故大賀一郎博士が発見した三粒の内の一粒から増やされたものである。昭和二十七年七月十八日に咲いた時は、生物の奇跡として世界の学会は驚き、翌二十八年にはドイツの国際演芸博覧会で開花し、世界に認められ「大賀ハス」と名付けられた。この大賀ハスは、千葉県の所持しておられた「大賀ハス」の種数粒をこの極楽寺に「帯刀直治」様が寄進され、二十数年を得てこんにちの様に、例年七月中旬ころから見事な花を咲かせています。(昭和六十年代では、この大賀ハスはこの極楽寺と京都植物園でのみしか観賞することができませんでしたが最近は種が増やされ各地でも見られます。)

 
 極楽寺の見事なお庭
 1.極楽寺の主なる諸行事
(一)大師忌  四月二十一日に近い日曜日十時から
(一)盆施餓鬼 八月十五日十一時
(一)達磨忌  十一月三日十時から

その他 桜の時期にはサクラ祭りが地元の方々を中心によって実行されます。
 又、当境内の紅白の藤や七月中旬の大賀ハスや境内庭も素晴らしいと自画自賛しております。尚、寺を基点足を伸ばせば樹齢四百年の三本杉で名高い不動尊や阿愛宕神社にお参りできます。またお大師様を祀った八十八ヶ所の参拝コースは約一キロメートルばかりです。見学・参拝に起こし下さい。大型バスも駐車可能です。

連絡先:極楽寺電話;0773−49−0720

参考文献:綾部市資料館作成「あやべ歴史のみち」、綾部の文化財を守る会作成「駒札」、あやべ西国観音霊場会発行「あやべ西国観音霊場」、写真撮影「綾部の文化財を守る会事務局」
 監修・極楽寺 住職 伊藤裕康 禅師