| あやべ西国観音霊場 お札所(33ケ寺) 1999年再編成 所在地をクリックすると地図「赤+印」が出ます ブログ「綾部の文化財日誌」の記事(綾部の文化財を守る会事務局長四方續夫氏取材):寺名およびB2〜 HP「綾部の文化財」の記事:HP1〜 HP「里山散策」の記事:HP をクリックください |
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| あやべ西国観音霊場 番外お札所(6ケ寺) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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京都府綾部市「もと何鹿郡(いかるがぐん)」には「綾部西国観音霊場会」(戦前は「何鹿郡観音霊場会」と呼ばれていた。)があり、その会の主催で年2回:春は6月中旬、秋は大体11月中旬に「あやべ西国観音霊場巡り」が、A.B.Cの3コースで33ヶ寺と番外6ヶ寺をマイクロバスで巡拝する一日コースが実施される。即ち、各コース一日13ヶ寺を回り、各寺「般若心経を3回」読み又、ご朱印帳他に押捺をしてもらう。参加費も昼食代を含めて6,000円〜6,500円位と安いが、朱印代は300円位,お賽銭は全て志納金である。前日、「ホテル綾部」に泊まれば集合場所まで迎えに来てもらえる。詳細は「第1番札所の真言宗・正暦寺(しょうれきじ)電話07773−42−0980)」へ事前に問い合わされると良い。
わが国の観音信仰は古くは飛鳥時代にさかのぼり、法隆寺の救世観音、百済観音などを初めとして、白鳳から奈良時代に多くの美しい観音像がつくられた。当時の観音は国家安寧・病気平癒と云った現生利益をもたらす仏様として信仰されていた。奈良時代末の「日本霊異記(りょういき)には観音様の功徳を説くものが14編あります。その後、平安時代には密教の影響から変化(へんげ)観音が多数生まれ、多くの人々の要望に答えるようになった。更に、浄土思想を元に観音様は六道輪廻(りんね)する衆生を引導する仏として、又、極楽浄土への導き手として深く社会に浸透した。特に山岳修行行者の間に観音信仰が広まり、修行の地が決まり、後の観音霊場と成った。日本最古の観音霊場「西国33観音霊場」は「中山寺縁起」によると8世紀初めです。実際には、10世紀末「花山法王」の出家巡礼を契機に巡礼道が整備されたと云う。室町時代以降、「今生の罪と穢れを巡礼で消滅させる。」との願いが多くの人々に起こり、西国・坂東・秩父が100観音霊場として結ばれるのもこの頃です。綾部地方でも同じく室町時代に現在のあやべ観音霊場の前身である何鹿郡33ヶ所が決められた。今回、小生は現在の「綾部観音霊場会」の編集委員の方の依頼を受け,毎正月の例会で配られる檀家への冊子「慈光」の六道に関係する六観音を未熟者ですが、諸般の事情で已む無く取材・撮影することとなった。
真言宗や天台宗はもっとも古く秘仏が多く、ほとんど仏像の撮影は出来ません。曹洞宗永平寺派も難しい。綾部の真言宗の寺全部を掲載した冊子を出される計画で作業中と承知してますが、仏像の写真は一つもありません。小生の方が多く撮影してます。残りは来年となります。