那智山 正暦寺 の 文化財  正暦寺へ  綾部の文化財一覧表へ 綾部の文化財

絹本著色仏涅槃図 正暦寺 庭園 千手観世音菩薩 立像 絹本著色釈迦三尊十六善神像
木造 不動明王立像 絹本著色 両界曼荼羅図 紙本著色 富士山図 九鬼家より寄進の駕籠
名称 絹本著色仏涅槃図 写真
指定 国 重要文化財
保管 奈良国立博物館
制作 鎌倉時代
作者 明兆(伝)
サイズ 本 121.8 × 120.6
備品 箱 枠
注釈 今から2500年ほど前、釈迦はインド ブッタガヤの菩提樹の下で前人未到の悟りを開いた。   以来、インド各地を巡歴して多くの人々を教化し、クシナガラの地、沙羅双樹の間で入滅した。                   涅槃図は、まさに臨終を迎えようとする釈迦を中心に、周囲に悲しみにくれる諸菩薩・十大弟子・在家信者・動物たち、また左上には迎えにきた生母 摩耶夫人などが描かれている。                 図中の釈迦の大きさや上方から見下ろす角度、描線の軽妙さや着衣の模様の少なさは、伝統の描法とはかなり異質で,大和絵の影響が強いことがうかがえる。

名称 正暦寺 庭園 写真
指定 府指定 
保管 正暦寺
制作 江戸時代中期
作者 不明
サイズ 南北約16m 東西約11m
備品
注釈 後方に望む藤山(寺山)を借景とし、南北に伸びる築山と立石を交えた50個あまりの景石を中心にした枯山水の庭園である。                 最も丈高い立石から組み下ろす雄滝とそれに呼応する形で低く作られている雌滝、築山から海に伸びる亀島と庫裏側に離れて作られている鶴島など、比較的狭い地割に緻密に作られている。     

名称 千手観世音菩薩 立像 写真
指定 市 指定文化財
制作 平安時代後期
作者 不明
保管 正暦寺 鎮守堂
サイズ 本 像高 97.5cm
備品 枠なし
注釈 本体部は一木造で、両肩のところで腕を引っ付けてある。冠飾り、髪の毛の生え際の作り方、耳の曲線の作り方、頬から顎にかけての顔の輪郭により、平安時代後期の作と思われる。          肩から胸部、腰辺から膝にかけて細い体躯につくられ、着衣の襞の表し方も彫が浅く、穏和な表現が特徴である。

名称 絹本著色釈迦三尊十六善神像 写真
指定
制作 南北朝時代
作者
保管 正暦寺
サイズ 本 123.5 × 69.2
備品
注釈 坐像の釈迦を中心に獅子に乗った文殊菩薩・像に乗った普賢菩薩を両脇に、下辺には玄奘三蔵と深沙大将、さらには菩薩・十六善神を左右にめぐらしている。描写は、三尊は金肉身に切金で衣文を飾り、諸尊は暖色系彩色に金泥盛上げを多用している。これらの画風からみて、南北朝ころの制作と思われるが、画面にやや剥落のある点惜しまれる。

名称 木造 不動明王立像 写真
指定 なし
制作
作者 覚鑁(伝)
保管 正暦寺 不動堂
サイズ
備品
注釈 江戸時代 綾部藩主が参勤交代の折に道中の安全を願い、守り本尊にした仏像。新義真言宗を起こした興教大師 覚鑁上人の作と伝えられている。現在は、毎年1月28日に行われている不動明王大祭の本尊になっている。

名称 絹本著色 両界曼荼羅図 写真
指定
制作 室町時代
作者
保管 正暦寺
サイズ
備品
注釈 諸説あるが、マンダは本質・中心・真髄など、ラは成就・所有などの意味を持つ。マンダラで円という意味も持つ。諸尊の相好(格好)・具足(持物)などを描くことで、万徳円満な仏果、すなわち菩提の境地を表す。これも諸説あるが、密教では、不壊の智恵の意味を持つ金剛頂経を説く金剛界曼荼羅と無限大の調和を意味する大日経を説く胎蔵曼荼羅とが「両部不二」であるとする。

名称 紙本著色 富士山図 写真
指定
制作 江戸時代
作者 狩野守成
保管 正暦寺
サイズ
備品
注釈

名称 駕籠 写真
指定 なし
保管 正暦寺 不動堂
制作
作者
サイズ
備品
注釈 九鬼家より寄進の駕籠。文政五年(1822)に9代藩主となった九鬼隆都公のもとに、桑名10万石松平家より嫁入りがあった際に、使われた。