極楽寺 二千年の眠りから覚めた大賀ハス 物部 白道路町 綾部の文化財一覧表へ 綾部の文化財
開創年月は不詳であるが安国寺十五世朗室妙?和尚の開山である。二世桂岩令昌和尚は堂宇を再建し寺門の興隆をはかり当山を中興した。その後堂宇の改建があったが明治二十一年の火災により鳥有に帰し、再建立されたのが現在の寺院である。
大禅師 水のおしえのみさとりは がいちがいてん とわにつきせじ 綾部西国観音霊場札所 如意輪観音 第19番 極楽寺 八十八ケ所(大師さん)周辺案内図の経路 極楽寺ー金比羅宮ー白内山(142m)山麓ー愛宕神社ー市道(白道路公会堂そば) |
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| 東谷山 極楽寺 標柱 | 極楽寺参道 | 花と蓮田(のり斜面上)と極楽寺 全景 | ||||||
| 一滴水車? | 水車は回る、過去ー現在ー未来に回る | 水盤? | ||||||
| 紅白の睡蓮が美しく咲いている。 | 曹源一滴、蓋地蓋天 | |||||||
| 睡蓮の池 | 清楚な白連 | びっくり | ||||||
| 大師堂? | 池のある見事な庭園 | |||||||
| 庭園 | 極楽寺 本堂? | 山水庭園? | ||||||
| 大悲鐘 鐘楼 | 大悲鐘 | 家型石塔 | ||||||
| テツセン | ショウブ | |||||||
| お堂 ? | 萬霊塔 | 石仏 | ||||||
| 藤棚 | 石塔 ? | フヨウ | ||||||
| お大師像? | 八十八ケ所 お大師像 | 八十八ケ所 お大師像巡り 参道 | ||||||
| 大賀ハス 蓮田 | まだ小さい 見頃は七月中旬 | 八十八ケ所(大師さん)周辺案内図 | ||||||
この蓮は、昔、日本各地に生えていたものが二千年ぶりで蘇った古代蓮である。蓮にまつわる話として、故大賀一郎博士のことに触れなければならない。博士は昭和初期に南満州(中国東北部)で、数百年昔の蓮の種子を発見し、育て上げて学位を取り、蓮博士と称せられた学者。この池の蓮の種子も、博士が千葉市で発見した三粒の種子の一粒である。 千葉市検見川(けみがわ)は、大昔、海に近い一面の湿地で、地下は深い泥炭層である。博士は弟子の学生や地元学生の協力を得、毎日々々泥を掘ってはフルイにかけ、水で洗うという作業を続けた。昭和26年は第二次世界大戦後で、機器機械は乏しく、食物も不足な時代、今日見つからねば作業を中止しようと決意した40日目に、地下6米を掘ったところ、フルイに三粒の種子がかかる。昭和26年3月30日の夕方である。その時の博士の顔は涙と泥でグシャグシャだったという。 三粒の種子の一粒は博士の庭で、一粒は地元検見川で二千年の睡りから芽を出し、昭和27年7月18日に花が咲いた時は、生物の奇跡として、世界の学会は驚く。翌28年にはドイツの国際園芸博覧会で開花し、世界で認められ、「大賀ハス」と名付けられ、千葉県の文化財に指定されている。 今、京都府では府立植物園と、ここだけがこの珍しい蓮の花を咲かせている。 はちす葉の にごりにしまぬ こころもて なにかは 露の玉とあざむく 僧正 遍照 |
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| 白道路の歴史を歩く 会報23号 昭和61年3月1日 四方静子さま 昨年11月3日「文化の日」の行事として、白道路町内の文化財や古墳、史跡などを尋ねる「白道路の歴史を歩く」会が催されました. はじめに「我が村に残された先人達の尊い遺産に学び、我が村を再認識し、そして住みよい村づくりの参考にするとともに、子供から大人にいたるまでの触れあいを深め、併せて健康の増進をはかろう」と、物部公民館白道路分舘長(大槻憲治自治会長)さんの挨拶があって、2才の子供から85才の老人まで120名の参加があり盛況でありました。 一行は「上官神社」を振り出しに「由利適水禅師の生誕地」を通り、「諏訪神社跡」「西方寺跡」をみて「不動さん」につきました。不動さんは、古老の言い伝えによると、元禄年間にお祀りされたといい、霊験あらたかで、わけてもお滝の水は「病」に効くと今でも地元はもとより、遠方からのお参りもあるらしく、「 」も新しくその名前が書きこまれてありました. お昼は極楽寺で各自持参のお弁当をいただき、天気もよく、その上お寺の紅葉も一きは美しく和やかなひとときをすごしました. お寺の本堂で極楽寺の歴史や、自適賂の地名の由来が仏教にいう「二河白道」という言葉からきているのであろうという説に、我が村の地名の意義の深さをしみじみと感じたのでした。 境内に建てられた適水禅師の顕彰碑は、昭和57年に建立されたもので、碑に刻まれている「曹源一滴、蓋地蓋天」の意味も説明していただき、禅師の遺徳を偲びつつ「物」に恵まれすぎている今日の生活を反省しました。 ついで「白道路大師八十八ケ所めぐり」の山道を歩き、五反田古墳群などの遺跡も見学して、我が村の集落の歴史はずいぶん古いんだということも説明してもらって、大昔の先祖の生活に思いをめぐらせりもしました。 自分なりの「歴史年表」に白道路の遺跡をあてはめてみるのも楽しく、お世話して下さった方々には本当に大変でしたけれど、身近の歴史を勉強させていただいたこと、親睦をを深めることができましたことに心から感謝して、明日への希望にしたいと思っております. 石ほとけ 紅葉散り積む 村遍路 その日の私の心にうかんだ駄句です. |
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| 取材記:(編集中です) 連絡事項 極楽寺ご住職さま 校正のお願いについて 昨年、綾部の文化財を守る会の創立35周年記念事業として、ホームページ「綾部の文化財」を開設いたしました。http://www.ayaco.net/bunka/ 以後取材を重ね、綾部市に所在する国・府・市の指定文化財の社寺など、会報記載記事のHP再録の関連社寺などを取材編集して、HPで公開してまいりました。現在ほぼ完了に近づいています。 貴寺院:極楽寺については、文化財の建てた駒札などの基本データ、および綾部の文化財を守る会の四方静子会員の記事を会報より再録したものの公開に止まっており、大賀ハスの開花期に、リポーターとして四方静子さまに取材依頼をしていたところです。 先日、あやべ作業所の監査用務の帰りに立ち寄らせていただいたところ、睡蓮が見事に咲いていましたので写真に撮り、ベルを押してご案内を乞いましたがご不在の様でした。蓮田に下で畑作業をされていたご婦人に尋ねると、ご住職様はお出かけとのことで、周辺の写真を撮らせていただきましたことご了解ください。 HPの編集方針として「文化財と人とのふれあい」を目的にいたしております。専門的な文化財の研究、解説は綾部市資料館、綾部史談会の先生方におまかせするとして、文化財を守る会では、専門的な文化財の紹介に止まらず、現在に文化財が人とふれあっている姿を紹介したいと考えています。大賀ハスの作頃、大勢の鑑賞者が見えると思いますので、改めて四方静子さまにリポート取材をお願いしたいと思います。 このHPは、一般市民が何時でも見られる範囲の写真ですが、資料をいただければ専門的なものも取材、追加させていただきます。 またHP「綾部の文化財」はリンク・フリーです。このHPも良ければ貴寺のページとしてご利用ください。URLは下記です。仮公開しておきます。 http://www.ayaco.net/bunka/bunkazai/annai/gokurakuji/gokurakuji.htm 校正のお願い:写真の説明(キャプション)をお願いいたします。お堂の名前など・・・自由に公正ください。 「大賀ハス」の説明について、文書があれば貸してださい。OCRにて読み取り掲載いたします。なければ看板から読み取り筆記し文字入力させていただきます。写真もあればお貸しください。スキャナーで収録します。「天龍寺中興適水禅師御和讃」も文書があれば貸してください。 なべちゃんのHP試作箱 http://www5.nkansai.ne.jp 四つ尾山の四季 http://www5.nkansai.ne.jp 綾部市テニス協会 http://www5.nkansai.ne.jp なべちゃんの散歩道(ブログ) http://www.doblog.com/weblog 綾部の文化財 http://www.ayaco.net/bunka/ |
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