会報26号 昭和63年6月1日     安国寺町  足利尊氏特集へ  綾部の文化財   駒札一覧表へ
新しく指定された文化財の槻要(事務局)
重要文化財(3月27日答申)
安国寺文書(七十四通)五巻三幅
     附同文書写一冊 安国寺境内図一幅
     安国寺町安国寺(鎌倉〜室町時代

 安国寺は、もと丹波国何鹿郡上杉庄にあり、はじめは足利尊氏の母方である上杉氏一族の氏寺で光福寺とよんでいた。
 したがって安国寺は足利歴代将軍の崇敬があつく、文保元年(1317)の比丘尼心会議状を最古に永録九年の義将請文に至る七四通の中世文書が保存されている。
 文書は、寺領に関するものが中心であるが、足利歴代将軍の御教書や、丹波の中心的寺院として繁栄した安国寺の寺格に関する文書も幾つか残っていて、南北朝、室町両時代にわたる丹波地方の歴史を研究する上に重要な資料である。
 なかでも建武二年に足利尊氏が丹波安国寺に対し日向国国富庄石崎郷を寄進したときの御教書には、全国に安国寺、利生塔を設けるに至った趣旨が、すでにこの頃に尊氏の心の中に兆していたことがわかって興味ぶかい。
 又、境内に尊氏、尊氏の母清子、同妻登子の墓があるが、それぞれの遺骨が分骨されて送られて来たことのわかる義詮の御教書、類例の少ない南北朝時代の女性消息文として著名な上杉清子の仮名消息など多くの貴重な資料が含まれている。
 全文にわたって綾部市史、史料編に所収されている。この指定は、京都府指定文化財からの昇格である。

京都府指定文化財
安国寺仏殿・方丈・庫裏
     綾部市安国寺町安国寺(江戸後期)
 仏殿は桁行五間、梁行五間、一重、入母屋造、茅葺の建物である。足利尊氏の帰依を得てより、全国安国寺の筆頭、後さらに十刹となった。境内は茅葺きの仏殿を中心に、方丈・庫裏(茅葺)・表門・鐘楼を備えている。
 現在の仏殿は寛保三年(1743)に完成したことが、仏穀内部の虹梁に貼付された梁札銘によって知られる。床は四半敷とし、側廻り一間を化粧屋根裏として海老虹梁でつなぎ、中央前寄りの柱を虹梁と大瓶束で抜くなど、禅宗独得の手法をうまく応用した貴重な建物である。
 方丈は正規の六間取りで、桁行15.8米、梁行11米、一重、入母屋造、横瓦茸で、寛政六年二上棟、庫裏は桁行14米、梁行8米、一重、一部二階、入母屋造、妻入の建物である。