綾部の文化財シリーズ(第二回)
 安国寺は、足利尊氏が元弘元年(一三三一)に後醍醐天皇が企てた鎌倉幕府討伐のための、いわゆる元弘の乱から後の戦死者について、その霊を弔うために夢窓疎石の提案で発願し、全国六十六ヶ国二島に一寺一塔の設置をすすめた。光厳上皇の院宣をあおぎ寺は安国寺、塔は利生塔と称した。丹波綾部はその筆頭であり、山城の安国(北禅)寺では一休宗純(一休さん)がいたことで有名です。

景徳山安国寺
 当寺は今から千年程昔、平安時代の名僧恵心僧都作とされる地蔵菩薩を、この地に祀った光福寺に創まると伝え聞く。
 その後鎌倉時代に、六代将軍宗尊親王の側近勧修寺重房が丹波上杉荘を拝領して上杉と改姓、当寺を氏寺とした。
 上杉重房孫清子は、足利貞氏に嫁して尊氏を出生。その尊氏が室町将軍となって幕府を開いた。彼は国土安穏戦没者供養を発願、国毎に一寺一塔を建立した。その折尊氏は、自分の出生地である丹波の当寺を、その筆頭「安国寺」とした。

 以下当寺の主要文化財である。

◇木造地蔵菩薩半跏像(重文)

 寄木造・彩色(今は剥落)で温和な藤原式の勝れた仏像。左手に宝珠、右手に錫杖を持つ。右足を垂れた半跏が特徴。 肩の張りと胸元の安定した姿態に平安中期彫刻の優美さが感じられる。
 上杉清子はこの像に祈願して足利尊氏を生んだとか。それ故に、現在でも子安地蔵として尊崇されている。




◇木造釈迦三尊座像(重文)
 釈迦像を中尊に左右に文殊・普賢を配す。文殊は獅子、普賢は象に坐乗する。
 三尊とも玉眼で品位あり。中尊の端正な表情は鎌倉時代の特性を伝えている。
 この三尊像は歴応四(一三四一)年、円派の仏師豪円により、安国寺筆頭となる当寺の本尊として刻まれた傑作である。
◇宝篋印塔三基(綾部市指定)

 境内の開山堂右側に建つ。三基とも無銘。中央の塔は完形だが左・右は一部に欠損あり。南北朝期の特色ある仏塔。
 この三基は古くから足利尊氏母子の墓碑とされている。向かって左側に母堂清子(一三四二年没)、中央が初代尊氏(一三五八年没)、右側に妻登子(一三六五年没)。二代将軍義詮が父母等の没後に遺骨の一部を当地に迎え建立したと云う。









◇その他古文書等
 尊氏母堂上杉清子の素晴らしいかな文字の真筆その他、多数の逸品が伝来されている。(寺総代 大槻正則記)