湖都・大津の国宝を訪ねて
綾部の文化財を守る会 第35回春の研修旅行 6月4日(水)7:00〜19:00
説明文は「綾部の文化財56号」綾部の文化財を守る会機関誌:編集委員会から

西国第十三番 東寺真言宗
大本山 石山寺
 政武天皇の勅願により天平勝宝元年(749)良辧僧正によって開基され、歴朝の尊崇あつい由緒ある寺院である。
 本堂は 下木造建築最古のもので、内陣は平安中期。外陣は淀君の修補になるもの。
 「正倉院文書」によると、近江の田上山から木材を運んだと云う。本尊観音は勅封になっている。
堂内「源氏の間」は紫式部が「源氏物語」を書いたところと伝え、本堂下の御堂は蓮如上人の母が石山観音の化身だといわれるので、その形見と伝える「蓮如鹿の小袖」を安置している。
 多宝塔(国宝)は美しい均斉美をもった鎌倉期の建築であり、鐘楼。大門は共に鎌倉初期の建立になるものである。
 境内の奇岩はいわゆる石山の名のでた石で硅灰石からなり、天然記念物に指定されている。
鎌倉初期の東大門(重文) 参道 1号車記念撮影(41名)
2号車記念撮影(38名) 硅灰石(天然記念物) 御影堂
ガイドさんから説明を聞く 蓮如堂横の石段から本堂へ 石山寺本堂(国宝)内
本堂祭壇 本堂内仏 紫式部供養塔
芭蕉の句碑 高台からの景観 鎌倉期の多宝塔(国宝)
多宝塔祭壇 豊浄殿(紫式部特別展) 菖蒲園も
昼食の洗心寮 しじみ御膳が美味しい 売店でお土産の物色
西国十四番天台寺門宗
総本山 園城寺
(三井寺)
 園城寺は、天台寺門宗の総本山で、古くから日本四箇大寺の一つに数えられています。
その歴史をひもとくと、天智・弘文(大友皇子)・天武天皇の勅願により、弘文天皇の皇子・大友与多王が田園城邑を投じて建立され、天武天皇より「園城(おんじょう)の勅額を賜り、「長等山園城」と称したのに始まります。
 俗に「三井寺」と呼ばれるのは、天智、天武、持統天皇の産湯に用いられた霊泉があり、「御井(みい)の寺}と呼ばれていたものを、後に智証大師が、当寺の厳儀・三部潅頂の法水に用いられたことに由来します。
 長い歴史の上で、当寺は再三の兵火に会い消失しましたが、豊臣氏や徳川氏の尽力で再興され、現在も国宝。重要文化財・名園など貴重な寺宝を数多く伝えている。
総本山園城寺(三井寺)仁王門(重文) 室町期の食堂(じきどう)(重文) 弁財天社
金堂(国宝)前で記念撮影(1号車) 2号車記念撮影 三井寺の晩鐘・鐘楼(重文)
圓城寺閼伽井屋(三井の霊泉・重文) 熊野権現社天保8年再建) 弁慶の引き摺り鐘(重文)
弁慶の汁鍋 一切経倉蔵(重文) 塔婆(三重塔・重文)
三重塔(室町初期・重文) 長日護摩堂・潅頂堂・大師堂 別所 微妙寺(十一面観音)
童地蔵 衆堂観音像 西国一四番観音堂(指定文化財)
謡曲三井寺の観月堂(県指定文化財) 鐘楼下の石段 別所水観寺(県指定文化財)
近江神宮
(祭神天智天皇)
 近江京跡に鎮座する近江神宮は元官幣大社であり、4月20日の例大祭には官中より天皇陛下の御名代として御勅使を御差遺される全国16社の中の1社である。創建は昭和15年(1940)11月7日に昭和天皇の御勅許を賜り、紀元2600年を記念して創建された。
 境内地は約6万坪、その社殿は近江造りあるいは昭和造りと呼ばれ、昭和建築の代表的なものである。
近江神社楼門前で(1号車) 2号車 本殿
祝詞殿・拝殿 時計博物館 時計博物館内見学
日吉大社
(山王総本宮)
 日吉大社は東西両本宮を中心に数多くの社殿が鎮座している。全国に三千八百余社の分霊社があり、その総本宮である。世にゆう山王二一社とは、上七社、中七社、下七社の総称であり、その中でも上七社は重要な位置を占めている。すなわち西本宮(国宝)宇佐宮(国重文)牛尾宮(国重文)白山宮(国重文)樹下宮(国重文)三宮宮(国重文)と続き、それぞれに御輿を有する。境内は、八王子山(牛尾山)を含む13万坪で、国宝2棟、重要文化財17棟を有する。かっては、境内百八社・境外百八社といわれ坂本の町々までもが神々の一大拠点であった。
 日吉大社の沿革
都が平安京に遷り、京都が日本の中心となると、当社が都の表鬼門(東北)に当たることから、国民並びに都の鬼門除け更には国家の鎮護、方除け、魔除け、災難除けの祈願の社とされ、延久三年(1071)後三條天皇の行幸がなされ、以来歴代の慣例となるほどになった。
日吉大社の鳥居 秀吉好みの巨石を使った大宮橋(重文)
山王鳥居(木造り) 猿の彫刻のある西本宮の楼門(国重文) 桃山時代の拝殿(国宝)
桃山時代の西本宮本殿(国宝) 摂社宇佐宮本殿(重文) 摂社白山姫神社本殿(重文)
山紫陽花 文禄4年の摂社樹下神宮本殿(重文) 東本宮拝殿(重文)
聖帝造(日吉造)の東本宮本殿(国宝) (山王七社の豪華な神輿・重文は神輿蔵に収蔵) 亀井霊水